yoshida design blog

ケーキとシャンパン

Posted in column by yosh on the 12月 25th, 2008

クリスマスはわが家の恒例のタンシチューにケーキとシャンパン。

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WILLCOM 03

Posted in column, design, mono by yosh on the 9月 10th, 2008

WILLCOM 03を手に入れた。

Windows Mobileを搭載したスマートフォンだが、これが使い辛い。慣れの問題かもしれないが、とにかく文字が小さすぎる。操作性もまったく悪く、改めてiPhoneのUIの良さを痛感させられる。

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卓上ホルダに座っている様子は悪くないのだが…。

Super Macro Lens Addiction

Posted in column, design, dialy by yosh on the 4月 24th, 2008

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一時期のショッピングアディクションから抜け出したと思ったら、今度はスーパーマクロレンズアディクションである。スーパーマクロレンズで覗くミクロの世界にどっぷりハマってしまった。

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写真を専門でやっている人が見たら、花の写真なんてつまらない写真なんだろう。そんな事は僕だって判っている。判っちゃいるけど止められないのだ。散歩中に美しい草花が目に留まると、それを自分の物にしたいという欲望に負けて、ついついシャッターを切ってしまう。 そこにクリエイターとしての理性は効かない。それほどに躍動する生命力は見る者を魅了するのだ。

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黄金比やフラクタルなど、形の美について数学的に計っていく方法があるが、春先のこの胸のときめきはそれらの論を十分に実証しているのではないだろうか。

DynaBookとしての携帯電話

Posted in column, mono by yosh on the 4月 17th, 2008

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最近携帯電話が楽しくて、いろいろ買ってはfomaカードを差し替えて使い比べて見ているのですが、internetが使えるようになってから本当にいろんなアイデアが現実の物になってきていると感じます。Appleが提唱したPDA(Personal Digital Assistant)やアラン・ケイの提唱したDynaBookがいよいよ現実の物になってきた。

PDAについてはこちらに良い説明があります。少し引用。

S2G HOME

 PDA(Personal Digital Assistant)とは当時のアップルの CEO であったジョン・スカリ氏が提唱した概念で、コンピュータを人々の生活の手助けとして利用すること。初めて発売された PDA 製品が MessagePad なので「PDA = 電子手帳の親戚」図式が一般化して現在でもそう思われているが、テレビや電話、冷蔵庫などより生活に密着した様々な機器にコンピュータを取り入れ、それら を便利に活用することによってより快適な生活を提供しようというのが本来の概念だ。

Dynabookについてはこちらを引用しておきます。東芝のDynaBookは残念ながらただのノートパソコンですが、これはもう携帯電話で実現している。

DynaBookの名前の由来

DynaBook」は、アラン・ケイ氏が提唱した”Personal Dynamic Media”という論文の中に理想のコンピュータとして名付けられ、登場します。「将来、コンピュータは老若男女、誰もが使えて双方向でコミュニケーションが出来るツールになり、オーディオも聴け、新聞も読める…」という考えがあり、東芝PC開発はそんな理想のマシン作りを目指すという願いからはじまり、”DynaBook“と名称がつけられました。創造的な人間のためのツール、それこそがまさにDynaBookなのです。

感想:高城本3冊

Posted in impression, column by yosh on the 11月 24th, 2007

基本的には、多くの人が少なからず感じている事を、彼特有の断定口調で述べた本で、文章に独特の魅力があるため、結構引き込まれた人が多いんじゃないかと思います。

ただ、主張は僕も同意する部分が多いのですが、(ちなみに通信規格等の技術的な話は知識が無いため判断できない)何か府に落ちないというか、説得されなかったです。

例えば彼は、グローバル化した世界で日本が生き残るためには、温暖化とかエコロジーの問題を、経済の問題、もっと言うと消費文化の延長のようなものとして捉える必要があるというようなことを言いたいのではないかと思うのですが(プラネタリウムよりも大自然の中で本物の星空を楽しむ方が贅沢でカッコいい!)、こういう感覚は昔からあって、むしろそういう差異化のゲーム自体が不毛だからみんな下りようというのが現代なのではないかと、僕なんかは思ってしまいました。

基本的に正論なので本そのものはあまり突っ込めないですが、日本のITの中心にいたはずの彼が、そのITを「つまらない」とか「終わった」とか貶めているのを見ると、なんかドライでビジネスライクで嫌な人だなと思いました。

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情報について

Posted in column by yosh on the 11月 20th, 2007

僕の考えでは、情報というのは食事と似ていて、つまり、まったく食べなかったり、逆に食べ過ぎても体に良くない。そして賞味期限が切れていたり、添加物たっぷりの粗末なものばかりを食べていると、いつか病気になる。

インターネットが普及し始めた当初は、情報を取得するコストが劇的に下がったため、僕を含めて多くの人たちはこぞって情報を漁りまくったのではないだろうか? ところが、当たり前だけどインターネットには嘘もいっぱい書いてある。つまり情報が本物かニセモノか判らない。で、仮に本物だったとして、確かに面白い情報なんだけど、その情報って自分と何か関係あるの?って問題。将来は役に立つかもしれないけど、とりあえず今はその情報を見てる時間的コストの方がもったいない事に気が付く。

日本は相変わらずダイエットブーム、健康食ブームだけど、これからは、どうやって本物の情報を最適なタイミングで取得するかを、みんな真剣に考えるようになるんじゃないかな?